板木から見る和本研究の重要性(板本・板木をめぐる研究集会) Part4

午前中のもう一つの講演は誠心堂書店橋口侯之介氏による「板木から見る和本研究の重要性」。橋口氏の『和本入門』『江戸の本屋と本づくり 続 和本入門』『和本への招待 日本人と書物の歴史』といった著作は存じ上げていたのですが,成蹊大学で講義も担当されているということを初めて知りました。なんとその講義資料もWebで公開されています!これは勉強せねばなりません。

直接橋口さんからお話をうかがうのは初めてだったのにもかかわらずどこかでお会いしたような錯覚がしたので,調べてみると『DOCUMENTARY 和本 -WAHON-』というDVDに登場されていらっしゃいました。このDVDでは橋口さんを含め和本を扱う書店の店主が数多く出演されています。和本の魅力や和本にまつわるエピソードなどが生き生きと語られていて,こういうDVDを見ると映像資料の凄さというものを実感します。板木バージョンも是非作成してほしいところです。

さて,ご講演の内容は藤井文政堂板木文書を用いて刊記からだけではわからない同時の相合板の実情にせまるもので板木から和本を知るという具体的な事例紹介で興味深かったです。

それにしても橋口さんが最後にふれられた「日本語の歴史的典籍のデータベースの構築」はものすごい構想ですね。ただ別の記事では「現在はペンディング状態」とかかれているので実現するかどうかはまだまだわかりませんけれど...。


演題:「板木から見る和本研究の重要性」(板木・板本をめぐる研究集会)
講師: 橋口侯之介氏 (誠心堂書店)
日時: 2012年2月5日(日)
場所: 立命館大学アート・リサーチセンター 多目的ルーム
立命館大学グローバルCOEプログラム 日本文化デジタル・ヒューマニティーズ拠点

  • 和本を市場で購入して調べて値段をつけて目録をだすという仕事が中心
  • 和本は値段をつけるということが難しい。高値をつけすぎると不良在庫になることもある
  • 板木も変に有名な本の一節だとかなり高価。一方ありふれた本の板木だと値がつかない。
  • 和本は軽くて小さいが板木は嵩張り扱いにくい。
  • 普通の本の普通の板木がおもしろい。
  • 河内屋喜兵衛が江戸後期に膨大な板木を収集していた。大阪の本屋は江戸や京都の板木を収集し出版していた。河内屋の膨大な板木は明治17年ごろに板木市場にだされ売り捌かれるまで3日間かかったという。市場で3日かけるというのは異例なこと。現在は柳原書店として活動。
  • 江戸の浅倉屋(現在13代目)も明治初期にかなりの板木を収集していたが関東大震災で焼失。焼け残った文書類も東京大空襲で焼けたらしい。
  • 大阪や江戸に比べると京都は板木が残っている。
  • いまでも世に出てくる板木は個人所有の私家版が多い。

板木由来の江戸時代出版用語1

  • 刻,彫,鐫,上木
  • 梓,上梓,梓刊,繡梓
  • 板木=版木,出板=出版,板本=版本 江戸時代では同じ音だと自由に使い分けをしていた
  • 活字は活版,活刷,活字排印,聚珍版など

板を使った出版用語2

  • 板行,開板,元板,板元,類板,重板,再板,蔵板,絶板,白板,板株,丸板,相合板,板賃,焼板,留板,求板
  • 重板と再板とはまったく意味が異なる。再板は合法的な再刻だが重板は海賊版をつくること

古活字版から整版へ移行する意義

  • 1620年代から活字版は衰退し整版へ
  • 退化ではなく新しい時代にはいったと考えるべき。活字印刷がはいったことで整版の良さを再認識し,大量出版,商業出版化
  • 古活字版では訓点や振り仮名はあとから手書きするが,整版では普及のため訓点や振り仮名を最初から印刷しておくことができる。連綿によるかな書きや挿絵も表現可能。
  • 活字は一定程度摺るとばらすので増刷をする際には活字の組み直し・校正をする必要がある。生産性が低下する
  • 整版だと3000部程度刷ることができる。板木さえ所有していれば増刷が可能
  • 出版部数の拡大→商業出版の基礎
  • 売買できる板株の登場。整版が主流になると活字の場合は安い初期投資ですむが整版の場合はかなりの投資が必要。板木を株にすることで株の分轄や担保にしてお金をかりることも可能に。
  • 初期投資を複数の書店で負担して出版する相合版では売上に応じて配当(板賃)が配分される。

事例: 本居本/藤井文政堂板木文書から

(藤井文政堂板木文書と本居本10点の刊記から相合板の実態を解説。詳細は省略)

  • 板木を所持していて板賃の配当が決められているということが相合板の必要十分条件
  • 刊記に複数の書店の名前があっても相合板かは十分に調査が必要
  • 書店の店舗の住所の変遷の記録がわかれば実際の印年がわかる場合もある

割印帳・添章の実例

(京都書林仲間の「他国版売出添章証文帳」に記帳された『文章規範纂評』の割印とぴったり一致する添章が藤井文政堂文書にも存在した事例の紹介。詳細は省略。)

刊記データベースの必要性

  • 長澤規矩也和刻本漢籍分類目録』(汲古書院,1976)
  • 岡政彦等編『江戸時代初期出版年表』(勉誠出版,2011)
  • 山本登朗『伊勢物語版本集成』(竹林舎,2011)
  • 日下幸雄編『中野本・宣長本刊記集成』(龍谷大学,2003)
  • 以前から『近世活字版目録』『蔦重出版書目』『松会版書目』などもあるがまだ書籍の段階で,DBにはなっていない。これらをまとめて共通したDBとして公開してほしい。
  • 単に刊記の文字データだけでなく画像つきで公開を希望
  • 文科省の大型プロジェクトとして「日本語の歴史的典籍のデータベースの構築」という構想がある