和本リテラシー(板本・板木をめぐる研究集会) Part3

板本・板木をめぐる研究集会」2日目のテーマは「和本エンタテインメント-和本の魅力を再検討する-」。午前中は中野三敏先生と橋口侯之介先生のご講演という豪華すぎる講師陣。

今回の中野先生のお話は「和本リテラシー」がなぜ必要なのかという点が中心でしたが,和本とは何かを知りたい方には2011年10月に出版された『和本のすすめ―江戸を読み解くために』がお薦めです。

もう時宜を逃した感のある私でも「和本リテラシー」を身につけたくなるような気分になりました。


演題:「和本リテラシー」(板木・板本をめぐる研究集会)
講師: 中野三敏氏 (九州大学名誉教授)
日時: 2012年2月5日(日)
場所: 立命館大学アート・リサーチセンター 多目的ルーム
立命館大学グローバルCOEプログラム 日本文化デジタル・ヒューマニティーズ拠点

  • 10年近く和本リテラシーの話ばかりしているが,同業者以外の人から「まことにその通りだ」という声をあげる人がいない。それはなぜか?
  • 配布資料1は樋口一葉の手紙と日記で明治時代に出版されたもの。読みがついているがその読みをつけたのは樋口一葉の研究者ではなく中野先生の同業者の先生とのこと。
  • 配布資料2は同業者の間で有名な三村竹清さんの奥様の日記。明治43年からつけられている三村竹清日記は翻刻作業中がすすめられているが,奥さんの日記はそれよりもはやく明治34年から。日常生活の様子がよくわかる史料だがくずし字でかかれているので読めない人も多いのでは?
  • 和本リテラシーという用語もあまりいい用語ではないかと思うが若い方にはわかりやすいのではないかと思って造語として使用している。
  • 物事の理解には時間軸と空間軸のバランスが大事。近頃は外国語の習得に対しては熱心。外国語は空間軸を広げるということでは重要なこと。その一方で時間軸をさかのぼることも重要。
  • 明治33年(1900年)が分岐点。明治33年に改正された小学校令(小学校令改正を受けた小学校施行規則)でひらがなを一音一字に限定。日本人の9割までが尋常小学校までで4年間しか教育を受けていなかったがこれによって日本人の識字率は向上した。しかし,その一方で現代では明治33年より前に書かれた文章が読めなくなった。
  • 明治33年より前にだされた草書体や変体仮名でかかれた文章はどれくらいあるか?
  • 国書総目録で公称50万点。ただし国書総目録は各大学図書館や研究機関に問い合わせをおこない,目録ができているものを収集したもの。九州大学でも総合図書館にない文学部の研究室に存在する和本は国書総目録に収録されなかった。実際は100万点以上あるのではないか?
  • また書物の形になっていない古い旧家の土蔵にいれられていた伊勢参りの旅日記のようなものは対象外。きちんとした本でなければ値段がつかず東京の古書店の床にうずたかく積まれたまま,売れなければ潰されてしまう。そういう記録を読むことで本当の日本人のあり方がわかるのではないか?これらをあわせると200万点ぐらいでは?
  • 明治33年より前の資料で活字になったものはどれぐらいあるか?おそらく1%程度ではないか。『源氏物語』や『奥の細道』など有名なものや文芸書は何度も活字になっているが,活字化されたものは2万点未満ではないか?
  • 200万点のうち2万点ぐらいしか活字化されていないとすれば1%ぐらいしか活用できないことになる。和本リテラシーを回復させて活字化されていない文章も読めるようになるべき。
  • 全部活字化することは無理。活字にするということは翻訳を読んでいるようなもので,清音,濁音,句読点は翻字する人が責任をもってしなければならない。清濁や句読点の位置ひとつでだけでも全く違い,「ためになる」か「だめになる」か。
  • どうして和本リテラシーの必要性をうったえるのは私(中野先生)だけなのだろうか?そもそもいったいどのぐらいの人がくずし字を読めるのか?例えば研究上読まざるを得ない日本近世文学会の会員約1000人が中核ではないか。それ以前の時代だと活字で間に合ってしまうのではないか?歴史学や美術史,社会史の研究者などもあわせて全部で5000人ぐらいしか読めないのでは?
  • 日本人の99.996%は読めない?読めるようになるには教育行政の変革が必要。
  • 日本人の9割9分がわずか1%程度の活字化されたものしか読んでいない
  • 特に若い人に和本リテラシーの必要性をうったえることが重要。小学校でせめて変体仮名の存在だけでも教えてほしい。そうすれば,そのなかの1割ぐらいは大学で自分でくずし字を読む能力をつけようと考えてくれる人がでてくるかもしれない。
  • 教える側にもその能力が必要なので国語教員の資格要件にくずし字がよめるということを盛り込めれば...
  • 浸透するには30年ほどかかるかもしれないが,歴史をやるものにとって30年はあっという間。
  • 時間軸を遡ることによって江戸時代までの日本人と現在の日本人との違いがわかる。その違いがわかるということが重要
  • いまは江戸時代がブーム。近世の洒落本をやっているものが文化功労者になるのは?と思っているが社会の江戸時代の捉え方が変化してきていることのあらわれ
  • ゆがみすぎた近代,急ぎすぎた近代を訂正するとき。これまで否定されてきた江戸時代を見直そうという大きなうねりがでてきたといえる。そのためには江戸時代のものが読めなければ何もできない。
  • 江戸時代と近代との違いを知ることが重要。近代とどこが違うのかという部分を認識しないといけない。そのためには翻訳ではなくて原文を読めるぐらいの和本リテラシーが必要。